2015年12月01日

2015秋 弾丸ツアー院|陵へ

さて、3日目 最終日です!
朝ご飯を食べて8時にチェックアウトした記憶です。

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本日は薩摩半島をぐるっと巡る旅です。そして夜には飛行機に乗って 日付の変わらないうちに
自分のうちに帰るそんなハードスケジュールなのでありました。

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鹿児島市内から知覧に向かう途中に見えた H2ロケット。そしてほどなく 南九州市役所。
それにしても3日間 青組圧勝のそんなお空でしたよ!  

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丁度9時に知覧の特攻平和会館に到着。一人ずつゆっくりと見てくる事に。
隣にはとても綺麗で雄大な公園があったのでチョビッツと遊ぶ事に♪
と言う訳で親分が先に見に行きましてその間 チョビッツと広い公園で遊びます♪

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そそ、今日のUターンポイントは指宿温泉であります♪ 近くには開門君!
知覧は旅の前から行く事を決めていた場所でしたが先日の鹿屋航空基地で特攻隊の遺書を
見ていたのでこちらでは視聴覚ブースでの視聴を・・・その中でもとても印象に残ったお話を・・・

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特攻隊というのは事前に埼玉の熊谷陸軍飛行学校にて教習を経た後に 特攻命令がでると
この知覧に入り出撃を待つと言う状況だったと説明がありました。

そして幾つかの特攻隊員の遺書が紹介されました。その中でも心が割れそうになるくらいに
悲しいお話もありました。

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「特攻隊員の手紙」:特攻隊の教官だった年配者の一人は、教え子が続々と出撃していく中で「必ずオレも後に続く!」と約束を繰り返していました。 しかし、重要な職務を持ち妻と子二人の家族を持つ隊長には出撃命令は出されません。 何度嘆願書を出してもだめで、逆に妻は夫に死なないで欲しいと何度も説得を繰り返しました。

しかし、夫の決意が余りにも固いことを悟った妻は、「私たちがいたのでは後顧の憂いになり、思う存分の活躍ができないでしょうから、一足お先に逝って待っています。」と、遺書を残し3才と1才の女の子に晴れ着を着せそして12月の寒い時期に荒川に入水自殺したのです。

妻子の遺体のそばで号泣した教官は、自分の指を切り裂き血書嘆願を出しやっと
出撃を認められました。 

そして知覧から出撃して行ったのです。その教官の遺書には
「母とともに消え去った幼い命がいとおしい まもなく会いにいくからね 
お父さんの膝でだっこして寝んねしようね それまで泣かずにまっていてください」
と書かれていました。

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この手紙を書いたのは 冒頭に年配者とありますが29歳の藤井一中尉であります。
ご家族が先に旅立ってから5ヶ月が過ぎた
昭和20年5月28日午前3時起床という慌ただしいスケジュールの中 出撃をし
我突入するという 電信を残し ご家族の元に旅立ったとの事でした・・・

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終戦まで2ヶ月ちょっとの事でありました。 たった70年。
本当に考えられない事がこの日本で起こっていたんだなと・・・

そして平和記念館を出てから向かったのは すぐ横にあるこちら。

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三角兵舎です。 ここで出撃命令が出た若い兵士達は出撃を待つ。
この兵舎に入って平均2〜4日で出撃していったとありました。特攻隊員が最後の夜を過ごしたのが
この三角兵舎だったのです。
この中で 家族に向けて手紙や日の丸に寄せ書きを書いていたとの説明でした。

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半分地下に潜ったような形で建てられている三角兵舎は薄暗くそして湿度の高い決して快適と言える
場所ではありませんでした。。。

さて、次の場所に移動です。目指すは指宿の前に A-Z 

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よくテレビで見ていた 車も買えるホームセンター・・・ a-z
この近くにあるというので行ってみましたよ! 知覧から15キロ弱でした。
そちらで昼食をしましたよ! フードコートは巨大で 夜には飲み放題もあるらしい(笑)
お刺身定食からイタリアン、もう本当になんでも和洋折衷な物がありましたよ!
掘りごたつ席からなんだかもうお座敷まで本当にフードコートの域を遥かに超えていましたよ!

と言う訳で気になっていたホームセンター見学も終わり先へ進む事に♪
今度は途中にこんな駅を見つけて寄り道♪

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枕崎駅。 こちらは 

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そう始発、終着駅の最南端だそうです!

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確かに線路はここでぴったりと止っていましたよ。

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枕崎駅にはこんなモチーフが♪ 

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そう、カツオが有名な所でもあります! 道路を走っていれば沢山目に飛び込んでくる鰹節看板!

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と言う訳で枕崎駅を出発して指宿方面へ・・・
目の前には・・・ 開聞岳。

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そういえば、知覧に書いてありました。特攻隊員は出撃の際に 最後の本土の景色として
開聞岳を万感の思いで眺めて沖縄へ出撃されていったとありました。開聞岳を眺めながら
家族を守るため、お国を守るためと・・・ 今の私に出来るかな・・・
家族のためなら出来るかな・・・ 考える事、思う事だけはとっても簡単・・・

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今、この時代に産まれた事だけでも 本当に私達は恵まれているのかもです・・・
と言う訳で・・・続きはまた明日♪ 

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