あれから、結局 しばし日が暮れるまで走った。



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荒浜町それから普通に大きな道路に戻ってから山元町へと。




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それから色々と。。。

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山元町役場へも。。。

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それから亘理町。あたりは暗かったのでよく見えないけれど
もう道路すら無い場所もあった。

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電気は届いていた。街に戻ると省電力な関東よりもネオンが煌煌とついている。

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お店も普通に営業している。時計を見るとすでに8時を経過して
いた。帰らねばいけない時刻だった。

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東北自動車道にすんなり戻れば良かったのだけれど
ナビらなかったのでいつの間にか山道へ。

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鹿狼山登山口があった記憶。 そんな頃 親分の携帯から地震速報が入る。
止まる事なく ひたすら山道を抜けて白石ICを目指した。

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流れるラジオからは 淡々と破産宣告の方法、そしてゴミの集積場などの案内が
流れていた。寄付金を置いて来る事も目的だった。すぐに使えればと。結局
直前になって帰りの食事分だけを残してお財布のお金も置いて来た。


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白石ICについたのは9時30分だっただろか。お腹が空いていたので
炭っこラーメンという どさんこラーメン系のお店に入った。閉店間際にも
関わらず快く入れて下さった。

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炭の入った真っ黒の餃子と塩ラーメン、味噌ラーメンを食べて高速に飛び乗る。
とても美味しかった。そこで読んだ河北新聞の記事。松島水族館は今日から
営業再開。ペンギンの赤ちゃんという見出しだった。


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高速はだいぶ空いていた。一日がとても早いようで長く感じたかもしれない。
時間の感覚がとてもずれていた気がする。帰りは2時30分。家に到着した。

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到着もすぐと言う頃、親分がどうしても甘い物が食べたいと珍しい事を言い出した。
もうすぐ家だよ。と。。。でも どうしてもくるみゆべしが食べたいと。
深夜でもやっているサービスエリアへ。くるみゆべしも数種類あって
悩んでいると隣で同じくお菓子を見ている人。深夜の広いお菓子売り場に
私達とその方達しかいない。親分がなにか落ち着きがないのだ。
うっすら、視界に入った時、んっ?


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隣でお菓子を見ている人。どっかで見た事ある人なのである。。。
もう一度顔をみると、井上康生選手だった。私も親分も現役時代、大ファンだった。
オリンピックに釘付けになっていた。。。訳で

ボランティアの帰りなのだろうとすぐに察しはついた。
災害後、すぐに街頭に立って募金活動していた事を知って居た。

餃子を食べてニンニク臭だったのでもの凄く 悩んだのだけれど。。。
こんな事ないなと 握手をしてもらった。 にこやかでイメージ通りの方だった。


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おうちについたのは2時30分。振り返ると断片的に蘇って来る景色。
本当の事を言えばもっともっと書きたい事があるのだけれど割愛する事にした。
この気持ちは記録しなくてもたぶんずっと忘れる事は無いだろうと。。。


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現地を見て思った。立ち上がろう日本って本当にそんな風に思った。

最後に一枚。荒浜地区のコンビニ。


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まだ手つかずの所もある。それでも復興が本格的になればもの凄いスピードで
日本を取り戻せる気がした。 もう、みんなスタートしている姿がとても印象的だった。

長くなりましたが読んで下さって本当にありがとうございます。

読んだよ。お尻ぺんぺん。