時は3月11日から44日?経過した4月24日のお話です。

今後、街はどんどん復興していくはず。過去はこんなだったんだと
振り返るためにも沢山の写真を掲載しようと思います。

ボケピン写真もあります事、お許しください。アフーより。

これが現実。。。

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ここまでのお話を書く事にします。


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東北自動車道はいつもと同じような交通量な気がした。日曜日だけれど
目立った渋滞がない。 でも現地に向かう車の台数は通常の日曜日と違い
現地に物資を運ぶためのトラックが多い、そして観光バスも少しいつもとは違う
文字を掲げて東北に向かって行く。


バスに書かれたバスは ボランティアバスと書いてある。山梨県は県から出していそうな
それから個人チャーターそれとも企業チャーター沢山のバスが北上をして行く。

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仮設住宅資材を運ぶトラックも現地に何台も向かう。内訳はたしか
積水ハウスと大和ハウス工業がそれぞれ約2000戸。ミサワホームや積水化学工業が1000戸、
トヨタホームは800戸程度となる見通し。このほかパナホーム、住友林業、三井ホームなども。

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東北自動車道から見える山並みは変わらず。 また必ずノボリに行くからね♪

道は地震の影響でかなりダメージを受けた事が走っていて判る。
新しく補修された道は急いで道を復活させた事を教えてくれる様に
時には大きな段差があり80km規制を納得させる道路状況だった。

ツギハギだらけでもこの道路は一番現地に必要な太い血管な訳でなんだか
とても走っていて力強いと感じた。。。

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反対車線も含め、沢山の自衛隊の皆さんが現地へ向かう。日本津々浦々からの
支援がなんとなくとても連帯感で溢れていた東北自動車道の記憶。。。

正直、現地を見るのは怖い事もあったのだけれど 少しでもお手伝い出来ればと。。。

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正直、この道を通る時は山に行くか、観光で行くか以外は無いと思っていたけれど
こういう形でこの道を通る事がなんとなく、複雑で仕方なかった。普段は良く親分と
私で明るく色々な事を話す車内も。。。この日は行きも帰りもお互い頭の中で色々
考える事がありすぎたのかよく判らないけれど音楽だけが流れる状態が長かった。

現地には日本全国色々なナンバーの建機が待機していました。


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今後も含め現地でのボランティアは一軒一軒のおうちの瓦礫撤去がメインとなると思います。
あると便利な物は長靴。ゴム手袋。作業中に何度も破けるので幾つか予備も
あった方が良いかもです。それとタオルは沢山あった方が良いです。
それと頭にもタオルは被っておいた方が良いです。
お年寄りだけのお家では誰も手伝いの無い状態での瓦礫撤去です。少しでも多くの
人手が必要になると思います。

仙台についてやる事をすべて終えてからのお話をしようと思います。すでに日は沈み
はじめそうな頃からのお話です。

とりあえず少し先に進む事にしました。高速で松島方面へ。
しかし。。。松島北インターチェンジを降りたら大渋滞でした。


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石巻へ向かう車、そして帰って来る車でR45線は大渋滞。 松島はこの日から遊覧船なども
復活したというのも関係していたのかもしれません。それと石巻の支援物資や援助の車も
渋滞に嵌っていました。 ナビには 大高森山が表示されていました。

現地の邪魔になってはイケナイ。。。特にその先に何かをすると言う目標も無かった私達は
Uターンをしてそのまま高速で戻る事にしました。松島北ICの風景は日常のように普通
の記憶。


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時に桜がピンクに染まってとても綺麗でした。そう、東北自動車道からの景色、
至る所に丁度 満開を迎えた桜達が咲いていました。日本は四季、そして縦に長く
色々な季節が少しずつ列島を走り抜ける そんな日本ってとっても素敵だと思うのであります。

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再び高速に飛び乗ってみると利府中から仙台まで渋滞と書いてあります。
確かに交通量が多い。 現地の邪魔をしてはいけない事、自分が納得出来るよう
都合が良いのかもしれない。でもそんな気持ちで取りあえず渋滞の始まる利府中で降りました。
2区間程松島から仙台に近いICのようです。

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利府インターを降りた後、すぐに飛び込んで来たのは。。。少し高台からの下り坂途中に
仮設住宅を作っている現場でした。

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私はニュースで見て正直思っていた事を深く反省しました。
なんでこんなに仮設住宅に入るまでに時間がかかるの?なにモタモタしているんだと。。。
でも景色を見て思いました。この場所でも沢山の
方々が日曜日も休みなく一生懸命それぞれも持ち場で仮設住宅を作っていました。

テレビを見て好き勝手思っている自分が本当に勝手だなと。。。自己嫌悪で
坂道を下ると。。。

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あたりはどんどん状況が変わって行きます。。。
建物はあるけれど1階部分は殆ど津波に破壊されている。かなり海から離れた場所でも
壁にある痕が津波の高さを教える。 波が何度も行ったり来たりした事もその波痕が
教えてくれる。


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大きな道路で走っていると普通の景色に戻る。 スーパー、パチンコ、レストラン。
普通に営業している。そして少し先を曲がってみて。。。
私達がさっきまでいた場所も十分酷かった。だけれど 利府インターからのその先の
景色は想像以上の状況が広がっていく。。。

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車の窓から見える景色は理解をするのに 色々ニュースやネットで写真を見ていたけれど
目の前で見れば頭で理解するのに時間を要する。でもそれが30分、1時間もすると
なんとなく船が転がっている事に驚かなくなって行く。震度4の地震も慣れると家の中で
ずっしりと動かない自分に似ている感覚に似ている。


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道路横には数十艘の船が無惨な姿で陸で倒れている。これ一艘が一人一人の大切な
道具だってそう簡単に買える物ではない。
それがいとも簡単にあちらこちらに転がっている。この船は元の船の名前の上に
新しい船の名前が書いてある。きっと中古で購入したのだろう、大切に大切に
受け継がれた船はこうやって陸に横たわっている姿が本当に見ていて辛いと同時に
津波が憎たらしくて仕方なくなった。。。。


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どういう風に走ったのかはよく覚えていない。でも見える景色はスクリーンの中の
特撮なのではと思わせる景色だった。。。

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ニャンコさんのいる場所も津波に襲われた場所だった。だけれど今日はその場所を普通に
散歩している人がいたりお子さんがボールで遊んでいたり。景色は44日後かもしれないけれど
被災地の皆さんはすでに明るい未来に向かって歩き出しているようにも見えた。


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高台にあったり海岸から少し離れた場所は普通に機能している。
それが本当に一瞬で変わるのだ。


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多賀城。ニュースで聞いた場所。 この先は人は殆ど居なくなった。
景色は。。。

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本当に酷い。大きな倉庫や工場の中にはトラックや車が流されて入ったのか
縦に積み重なった状態だった。どうやればこんな状況になるのかと疑う景色ばかりが
続く。

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アスファルトもガードレールもめちゃくちゃに。。。


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ピンボケだけれどこれは道の脇を通る線路。もう跡形も無いくらいに
歪み原型を留めている物の方が少ない。マンホールは浮き上がっているのか
地面が下がったのか?もう兎に角なんだか判らない状況になっている。


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工業地帯。 大きな建物で鉄骨と言う事もあり建物は残っているけれど車は大型トラックを
含め水の力に力尽きた状態で無惨にあちらこちらにある。

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。。。。ここからは特に私の言葉など要らないだろう。。。。。44日後の現実です。
百聞は一見にしかず・・・


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今はあまり報道されていない場所かもしれません。でもこんな状況がまだ普通にある事が
現場の現実です。。。明日もう一度だけ、続きを記録しておこうと思っています。

お尻ぺんぺん。