2007年03月
2007年03月27日

悩むアフー

今、ちょっと悩んでいます。

 

この間といい、最近の低山では普通のスニーカーを

使用してみたのですが・・・ イガイに しっくりキテシマッタワケデ・・・

 

ちょっと これから、 ネット上のヤマドウグ屋さんを巡って

 

探してみようと思います。

 

ローカットのビブラムで、お値段もお値打ちな・・・
そんな調子いいの アルワッキャナイドゥ潤オ ヾ(´▽`;)ゝ

 

でっもって、今履いているアフーのアルモンド君は
ちょっと スゴイ山用に大切に保管して置こうかと・・・

 

 

ん潤オ 悩む アフー。。。(・_・?)

 

でっ、探しているのを見つかると・・・若干一名便乗されてくる方が
いらっしゃるので・・・帰ってくるまで 探してみる事にしますV(^0^)





Posted by theslowpace at 02:09ヤマドウグ
2007年03月13日

ポーちゃんの死

3月13日の出来事

 

今まで 撮り貯めていたポーちゃんの写真を間に入れています。

大切なぽーちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝にポンコの様態が急変。前日までは
本当に普通のポンコでした。ご飯もトイレも、食欲も
すべてはいつもどおりでした。

 

夜から具合が悪い事に気がつき
具合が悪いポンコを一人に出来ずに私も親分も一睡もせずに
ずっと様子を見ていました。3時過ぎに12年間おうちで
おしっこを漏らした事がないのに、この日はじめておしっこを
漏らしました。というよりも垂れてしまっているといった状況に
近かったです。

 

ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タオルを変えたり、と時間が過ぎ、もう少しで病院が開くので
少し仮眠しようと朝の7時前に横たわった
私と親分の間にフラフラッと 入って横たわる。
私達が12年間毎日寝る前に楽しみにしている川の字になりました。

 

毎日、川の字になっては色々話したり、笑ったりしながら寝るのが日課でした。

 

それがポーちゃんにとって 最後の 川 の字。

 

だめだ、動物病院があくまでとてもじゃないけれど待てない。
急いで連絡を入れ、ポンコをキャリーに入れる。(ポーちゃんは嫌がっていたよね・・・)

最後の自分の意思で力いっぱい抵抗していました・・・

あの抵抗の感覚は今も私の手に残っており・・・思い出すととてもツライです。

先日の13日の朝。獣医さんに緊急で入る。

 

体温は34度 (猫の体温は38度)

 

ポンコの検査をする為に、採血を撮ろうとするが、
脱水症状と体温低下により血管がとれず・・・そのまま

 

 

諦める獣医。 その後、レントゲンを撮ってくると
ポンコを私達から連れて行き5分後ぐらいに戻ってくる。

 

かわいいね〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポンコのレントゲンを見て、アフーは思いました。
ポーちゃんの肋骨はこんなに細いんだね・・・はじめて見たよ・・・

 

どうにか助けて下さい。の親分の言葉にも獣医さんは

「厳しい状態です」

しか言わず・・・

ポンコの体が固いのが判りました。それから瞳孔が・・・
それも獣医よりもアフーの方が先に気が付きます。

 

12年間毎日、ポンコを見てきているのですぐに
ポンコの異常に気が付きます。

 

ねぼすけふたり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手の施しようがないと言われ・・・治療室に私と親分とポンコは
30分放置状態。

 

その間にもポンコはどんどん様態が悪化していく・・・

 

獣医「入院が希望であれば置いていっても構いません。」

 

 

置いていく気はない。
だって何もしないところに置いていける訳がない!

 

さすがに親分も何もしない獣医に腹を立てる。
「なにかする事ないんですか・・・」

 

と、そこへ散歩から帰ってきたと見られる院長先生が来てくれました。
ポンコはいつもこの院長先生に見てもらっていたのです。

 

アフーはもう、足が震え、すでに泣きじゃくっていました。

 

それから、院長先生が、泣いているアフーとすでに横たわっている
ポンコを見て、「どーした・・・」

 

といって、採血様の注射器を2本。でもやはり、ポンコの右手からは
血管がとれず・・・でも院長先生は諦めず、左手から少しだけだけど
ポンコの血を採取。

 

ボソッと院長先生が、「片方だけ取れるってことは・・・心臓か・・・?」

 

それを急いで検査にまわして、その間もアフー、親分、ポンコ3人だけが
治療室に残る・・・ポンコの瞳孔はもう、開き始めている・・・

 

おめめぱっちりなぽーちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛くて、たまに声をあげ、体をうねる。そうして、呼吸は口を開け、
苦しそうに・・・どうにか呼吸をしているといった感じ・・・

 

その後、院長先生は姿を一切現さず・・・

 

血液採取できなかった獣医さんが
来て、血液検査の結果を報告する・・・

 

獣医「心筋症かと思われます。」

 

親分「治療をしてください。苦しんでいます!なんでもいいからとにかく治療を」

 

獣医「いやっ、厳しいですね・・・」

 

ねこぱんち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、助けてくれない事も判りました。

ポンコの息はもう、本当に苦しそうでのた打ち回っているのです。
もう、見ているのも辛くて、私は泣きじゃくりながら親分に安楽死を
してあげてと・・・お願いしました。

でも、先生は・・・「いやっ。それは・・・」

 

 

もう、泣きじゃくりながらも私は腹が立ち

「ダメだ、親分、お家に帰ろう。」

 

そう決めたにも関わらず、その獣医は延々と血液の検査の詳細を
いちいち、説明している。

 

 

もう、ポンコは    虫の息なのです。。。

ぽーちゃん おいで〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、その時点でポンコが死ぬのは判ってました。


もちろん、他の病院へとも思いましたが・・・もう間に合わない事は
ポンコを見て判りました。もしかしたら、おうちにも戻れないかも・・・
と思っていました。


急いでお家に帰って
川の字に・・・ポンコの大好きな 川の字に ・・・

 

 

 

親分がジャケットを脱ぎ私に渡す、
(親分も帰るまで無理だと判っていたと思います。)

 

親分「キャリーに入れずに、アフーが抱っこして帰ろう」

 

親分が清算をしている間、アフーは苦しんでいる宝物のポンコを
大切に親分のジャケットにくるむ。

 

それなのに・・・ その獣医は、

 

「車で万が一息を引き取るときに力む事があり
お漏らしするかもしれないので・・・ペットシートを・・・」

 

ポンコのお尻の部分にペットシートを巻きました。
もう、怒りも限界です。ポンコは苦しんでいる。

お漏らしなんて、どーでもいい!本当に怒りが爆発寸前でした。

 

ポンコを奪い取り、親分が運転する車に乗り込み急いでおうちに
帰ります。車に乗ったときはポンコの喉はかすかに息をしていました。

 

親分「急いで、他の病院にむかう?!」

アフー「親分、とりあえずお家に帰ろう。おうちの方向へ・・・」

親分「・・・・・・判った、お家に帰ろう。」

 

今考えると。

これが最後の3人でいた時の会話でした。

その会話が終わってすぐに踏み切りにつかまりました。

ポーちゃんとねんね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その短い間、

ポンコが最後、大きく二回呼吸したのは覚えています・・・
それからは怖くて見れませんでした。

 

かえってきて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

停まった踏み切りで

親分「ポンコは・・・」

アフーがポンコを見ると、ポンコは目を開けたまま、いつもの
表情で、親分とアフーの方を見ながら息を引き取っていました・・・

アフー「ポンコ、死んじゃった・・・」

 

その時、たしか両方から電車が来ていたと思うのですが・・・
音がなく、静かな暖かい光の中でポンコが私の腕の中で
私の胸に寄りかかっている光景が今でも目に焼き付いています。

 

親分「かわいいね〜。ポンコは本当にかわいいね〜。アフー見てみな、ポーちゃんとってもかわいいよ〜」

 

と言っていたことを思い出します。

病院を出て時間にして、5分も経っていなかったと思います。

ごろ〜ん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、三人だけの空間でレガシィ君の中でポーちゃんは
私の腕の中でいつも見てきた 私と親分を見ながら天国へ・・・

ポンコが最後に見たのは、私と親分。

 



ポーちゃん、ごめんね、川の字になれなかったね・・・

 

ごめんね


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、いつも三人で12年間過ごしてきました。ポンコは他の人の前には
出てこないほどの臆病者で・・・怖がりだったポーちゃん。

 

最後も3人だけで過ごす事ができた事だけが救いです。
ポーちゃんが望んだのかもしれません。病院をでて本当に5分位。


でも小さい体で本当によく頑張ったね。。。
最後もポーちゃんはおしっこなんか漏らしませんでした。
本当に小さい体なのに、最後まで私達の自慢の家族です。

 

12年間、我が子の様に暮らしてきた大切なポンコが
突然いなくなり、今までに無いと思っていたポンコの日常の音が
無くなり・・・何をするにも泣いてしまう日々が続いています。

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ポンコを突然奪った病気は・・・肥大性心筋症

一見元気だった猫さんに、突然起こる怖い心臓疾患があります。それが猫の心筋症です。この病気は、ほかの病気のように徐々に弱ってくるのでなく、昨日まで元気だった猫がいきなり元気がなくなったり、呼吸が苦しくなったり、あるいは足がたたなくなったりなどの症状でつれてこられ、かなり重篤な状態で命の危険にさらされていることも少なくありません。今のところ、予防的な方法の決定打もなく、ほんとに困った病気の一つであります。(抜粋させていただきました)

実際にはこの病気は治療をしても完治はしなく、見つけることも困難で治療も困難とのこと。
本当に突然すぎて何がなんだかわかりませんでした。

血液検査の結果 CPK 通常では87〜309  ポンコは最大計測を振り切り2000 でした。
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病室で瞳孔が開き始めているポンコに必死に私も親分も
ポンコの頭に口をつけて 大きな声で

「ポーちゃん おうち帰るよ・・・・ 早く帰っておいで・・・」
というと・・・ ポンコの瞳孔が少し縮まり声のする方を向くのです・・・

そして・・・

 

ポンコは最後に、体に異変があったのか判らないのですが・・・
病室を出る前に 両手の手のひらの爪を出してゆっくりと
手のひらを合わせました・・・  

 

最後の力を
振り絞り・・・顔の前で 両手を合わせました。この後はもう、ポンコは
どうにか呼吸をしているだけでした・・・

 

ポンコ、本当によく頑張ったね。ありがとう

 

 

 

この日は私にとって、人生最悪の日でもありました。

 

たった一匹の猫なのに、こんなに悲しんでいるのが不思議ですが・・・
お馬鹿なアフーは本当に毎日よくポンコとお話をしていました。

お話中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポンコが息を引き取った・・・・

 

その数時間後・・・
私はさっき見た ポンコの細い肋骨を拾う事になりました。。。

 

憎い血液の固まりは・・・ポンコの細い骨といっしょに残っていました・・・

 

このひとつ前のブログでアフーのおニューのカメラバッグの写真が
掲載されているのですが・・・実はこんな失敗写真もあるんですよ・・・

チェック中

 

 

 

 

 

 

 

この写真、親分が帰ってくる前にアフーが手に入れた一眼レフと
カメラバッグを遊んでいる時の写真です。ポーちゃんと一緒に・・・

 

ポンコとはいっつも一緒でした。アフーが18歳の時からです。
ブログを書いているときもいつも横にはポーちゃんが座っていました。
たまにこんな事も・・・

んもう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの一眼レフで遊んでいた日に戻してください・・・

 

 

かわいいな〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日から、やっとご飯を食べれるようになりました。食い意地の
はっている私なのに・・・全然ご飯が食べれませんでした・・・

 

なにがなんだか
判らないまま、何日か過ぎましたが

皆さんの本当にお優しいコメントに何度も
助けられました。本当に本当にありがとうございました。

 


三月九日に 親分がポンコを撮った最後の写真です。
いつもよりも鋭い顔をしているポーちゃんが写っていました。

ぽーちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのポンコの目を拡大してみました。

親分だったんだね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親分がカメラでポンコを撮っている姿がポンコの目の中に映っていました。

 

ポンコとの出会いは横浜の港の見える丘公園。そこからドライブして
おうちまで・・・ そして、 最後もドライブだったね・・・

 

最初も最後も本当に突然でした。でもとっても楽しい12年間でした。

ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、いつか一緒にドライブに行こう♪ねっ ポーちゃん!

 


追記。 2007.12.23

ポーちゃんがいなくなってからもう少しで10ヶ月。
長いのか短いのかも判らず・・・

そして、ポーちゃんとの最後のお別れになってしまった
踏み切りは、毎日通っていたけれど、あの日以来、私も
親分も一度も通れなくなりました。

 

そして、ポーちゃんの物は何一つ。捨てていません。
正確に言うと、捨てられずにいます。
前日に親分と買ってきたご飯も缶詰も、それから大好きな
またたびの実も大切に。

かわいい〜鼻すりすり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未だに、ポンコとのステキな思い出を思い出す前にあの最後の
日の事が頭に浮かんで・・・しまいます。

 

ポーちゃんは寒い冬だけはずっと一緒にお布団で寝てくれたので
アフーはポーちゃんと寝れるようにとても長い枕を探して使っていました。

そんな枕は今年の冬。アフー 一人にはとても大きくて
寂しくて、寝る前に思い出せばまだ、まだ涙も止まらず・・・

自分の弱さが本当に嫌いになります。

 

そして、
ポーちゃんと最後の2週間ぐらいはずっとこの音楽を聞いていました。
それは別にいつもの事で・・・特別な事ではなかったのですが、

ずっと前に発売された曲だけどいい曲だよと言われて
聞いていた レミオロメンの 3月9日 という曲でした。

本当にとても良い曲でずっとずっと聞いていました。

ポーちゃんが亡くなった・・・その日 車のCDから流れていた
曲もそれでした・・・ 

 

今はもう・・・悲しくて聞けなくなってしまった曲です。

歌詞。======

瞳を閉じればあなたが  瞼の裏にいるようで
どれだけ 強くなれたでしょう。
あなたにとって 私もそうでありたい。

花咲くを待つ喜びを
また分かち合えるのであれば それは 幸せ

歌詞。=====

 

私はポンコの為に、何もできずに・・・自分の無力さに
本当に・・・悔やみました。今でも、悔やんでいます。

花咲くを待つ喜びを・・・分かち合える日がいつか
来る事を夢見て・・・進まないといけないことが・・・今でもとても
つらいです・・・

 

そんな 3月9日 という曲は・・・偶然なのか・・・皮肉にも・・・

大切なぽーちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



ポーちゃんの最後の姿を写した日付を見ると・・・3月9日。

この世の中で一番怖いのは・・・死別だと、痛いほど思い知りました。

 

ねぼすけふたり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして親分にとってもポンコはとても大切な存在で・・・
本当にいつも仲良し! 

ブラッシング

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな親分にとってのポーの死は本当に辛かったと思います。
親分は絶対に泣かない人だと思っていました。

ポーがいなくなって、数日間、親分はずっと一人で泣いていたのだと
思います。毎日、目を腫らしている親分を見ているのも本当に辛かったです。

 

アフー母さんは 今でも毎日。
小さい体のポーちゃんが天国でいじめられていないかとても
心配です。

ぽーちゃん かえってきて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの日か、あえる日が来る事を信じています。





Posted by theslowpace at 18:50ニャンコ